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暇つぶしなら有意義に。

人生史上最大の大掃除中の記録ブログです。好きなことも気ままに綴る。

子供の話題だけはやめて欲しかった。

たけしのTVタックル

などなど眺めていたおかげで子供の頃から見慣れていた人、舛添都知事。

うん。

辞めたくない、というより
よほど辞められないんだな?

まるで悪魔と契約していて、やめて何かが果たせなくなれば自分の命はないんだ
というような必死さ

見ていて、後ろにのけぞる想い。

(自分の「悪魔」とか出す妄想力笑。
あまりの必死さに子供の頃読んだホラーとかSFの闇の組織の中ボスあたりを思い起こされたのです( ;∀;)大丈夫か!)

とうとうお子さんまで理由に挙げたよ。

やめてあげて。
親のふるまいで友達から引かれることって別に珍しくない。
自分のふるまいが原因の時より、いたたまれないんだよ。

腫れ物扱い先生からされてるとかって
本人にはよく伝わってしまうんだよ。辛い。

親子でキャラ真反対って割りとあると思うので、親子一緒に括りたくない(-_-;)

ーーー

しかし、面白いのは

どうも良心の呵責
罪の意識に苦しめられる

という発想が見えないことです。


それに苦しめられないぶん、
他責感情が自分自身に向けられていることを強く感じ、苦しめられている。

だから、苦しみの量に差はないんだろうけど。

恥の概念
恥ずかしい
って難しい言葉だと思う。


たぶん自分を責める発想を持つ人だけに通じる言葉。

苦しみの量が100だとしたら、
自責だけで100埋める人もいる。
誰もせめてないよ、って言っても意味がない。
       ↕

その真逆の性質を持った人なんだろうなぁ、彼は。

他責感情が自分に向けられることに非常に弱い人。
そしてたぶん、自責っていう発想が存在し得ない人。

ーーーー

自責の念が見えないことで、あまりにも多くの人と乖離してしまった。

何を言っても、
自責の念がある人は、こんな発想しない
ということしか言わない。

存在しない感情に基づいて話すなんて出来ないからしょうがない。

自責がない代わりに、こちらが発想し得ない何かに怯えている。おののいている人に見える。
実際に脅かされているのかもしれないけど、
自責的発想がなくても同じくらい苦しんでる人に見えます。

ーーーー
自分はもう何を見ても、
どうしても自分に結びつけて、感情が吹き出してしまう。

一つ確実なのは、
こういう人はきっと少なくない。
何人も会った。

毎回なんだこの人、って思ってたけど、今回なんとなく少し、わかった。

私は、こういう少なくない人と
自分には発想しえない何かを持つ、別の人々と、
生きていかないといけないっていうことだ。

賢くなりたい。

賢くなりたい、というのは
自責はそこに
それが問題を解決するとか
自分の問題を修正する行動に出れる賢さがないと
苦しいだけだってわかってきたからです。


自分を責まくると他責感情も湧きまくるし
「もうどうにでもな~れ( ´∀`)」って思いがち。

それにしても子供は、高校生ならまだ近すぎて、何もできない。
距離を取るには非力な年齢。

自分も、大学で離れていた頃はうまく距離が取れてたから、遠くへ行っちゃうのも手か。。

本当に、心から、かわいそうだと思った夜。