暇つぶしなら有意義に。

人生史上最大の大掃除中の記録ブログです。好きなことも気ままに綴る。

綺麗だったな。

その人とその人にまつわる人々とについて思い出すときは、いつも綺麗な人たちだったなぁ、ということを思います。

 

目が綺麗なんです🙂

 

子供の頃見に行った湖がフラッシュバックしたのも、同じくらい、あるいは同質の美しさをその瞳に宿しているっていう意味だったのかなと思っているくらい、です。🤔😊

 

あんまり詳細に書くと、まず有り得ないとは思うけど特定されたら困るので、色々フェイクを入れたり、ぼかしたり、書かなかったりしていますが、わかりやすくきれいな容姿の人たちでもあります。

 

わかりやすく優秀で、皆ある種の知的な雰囲気を持っています。

 

そしてとても楽しそうな人たちです。

 

きれいな容姿だ、ということは初対面の時からよくわかっていたし、周りの子がそのことをよく話題に上げてもいました。

 

並んで作業したあとは、わざわざ

「しょうがちゃん、見てたよ。イケメンの隣で!やったね」と声を掛けてくれる人がいるほどでした(笑)

 

私は、今回関わった人(と仮定するとですが)によってはオーラありすぎてとても近寄れないなぁ😳と思って後ろに後ずさりしたりとか、なんかむちゃかっこいい人が、顔に「僕優秀です」って書いてある人が寄ってくる😳と思って必死で距離を取ろうとしたりしました。

 

それがいつもの自分です。

 

たぶんいつもの自分なら、いくら友達の友達だろうが、事前にその子から何回も話を聞いていようが、絶対に自分から近くに寄ったりしないはずの人が、どういうわけかまったく平気でした。顔自体、ちゃんと覚えていなかった。

 

それが一番、謎です🤔

 

ですが、瞳を見てからは、きっと内面が綺麗だから容姿も綺麗になるよねと納得するくらい、ただ容姿が美しい、というのとは別次元の何かを持っている人だなあと考えるようになりました。

 

そういう人たちが突然ゴロゴロ現れた一年ちょっと前は衝撃的でした。

ちゃんと世間に生きているし、ちゃんと人らしい(笑)(当たり前ですが)

特に聖人君子のように振る舞おうとしているようにも見えないし、無理なく素直に楽しそうに生きていてとても眩しく思っています。

 

ーーー

自分はなんでキレイじゃないんだろう、といつ頃からか、思うようになった子供の頃の私は恐ろしく視野の狭いところがありました。

 

容姿が綺麗な人は違う世界で生きていて、考えることもまったく違うんだろうと思っていました。

 

でも10代の終わりで出会った「アキコちゃん」が、美人だけど同じように悩む、私のように最後楽天的に適当にもなれずにしっかり悩み続けるきれいな容姿の女の子が、初めて自分の思い違いを身をもって教えてくれました。

 

その時から少しずつ、たぶん人は顔じゃないと、やっとちょっとずつわかってきて、

 

今何かをつかもうとしている、ような気がする。

 

今も写真は苦手だし、自分の顔が綺麗だとはやっぱり思えないけど、

両親から貰った顔が好きです。

ひとえに立派な両親だからです。

 

そして、たぶん、綺麗って

顔じゃなくて、

顔の向こう側の、

瞳の奥に映し出される何かなんだろうな。

 

そんなことを思わせてくれた綺麗な人達。

いい子ぶろうともしない、不思議な個性を際立たせるわかりやすく綺麗なー。

 

どんな結果でも、ものすごく感謝してます。

😊😊😊